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​開山 正長元年​日蓮宗 松原山

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なぜ日蓮宗はお題目を唱えるのか

  • nisshinji
  • 2025年11月7日
  • 読了時間: 2分

前項で法華経は諸経の王であり、信仰すべきは法華経であると証明したが、釈尊の教えを妙法五字で受けとめるところに聖人の特徴がある。


妙法蓮華経とは天台は一経の題目を釈するに五重の次第ありとして、名体宗用教の五重玄義を主張。聖人は名を五重玄に包摂するという総名の立場からお題目を唱えられた。


妙法五字を唱える功徳は陀羅尼品の「汝等但能擁護受持法華名者」の経文や安楽行品・涅槃経等にもみられる。


五重相対の本迹相対では久遠実成を説く本門を、教観相対では観心、すなわち壽量品に顕れた事の一念三千こそ末法の要法とし、妙法五字こそ末法の大法とされた。一念三千を知らざるものは佛大慈悲を起こして妙法五字の復路のうちにこの珠を包み、末代幼稚の頸にかけさしめたのである。


四種三段の本法三段では過去大通仏の法華経、釈尊一代五十年の経々、十方三世の諸佛の経々は序分で、壽量のみ正宗分とされた。また、法華経流布の国に生まれてこの経の題名を聞き、信をおこすものあれば昔の結縁があったからだと言われる。結縁については三益論がある。いわゆる下種益 成熟益 解脱益である。末法の衆生は過去の下種結縁により本已有善であるが、譬喩品「即断一切世間仏種」すなわち自己の仏種を忘失しており、本未有善である。よって釈尊在世は一品二半でさとりを得るが、末法の衆生は壽量門底のお題目を唱えることで下種となる。


五義に基づき、この末法の日本で広めるお題目は、起顕竟並びに神力品の四句要法において地涌の菩薩に釈尊滅後、弘通することを要請される。


聖人は過去世の謗法の罪意識を持ち五義の序を師となし、上行菩薩の自覚に則り、お題目を唱えられた。


故に日薄宗はお題目を唱えるのである。

 
 
 

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